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ビジネス戦略
2025-03-21

要件定義×AIが変える受託開発の未来:SIerが知っておくべき自動化の潮流

AI活用による要件定義の自動化がSIerの競争力強化とビジネスモデル変革にもたらすインパクトと具体的事例

対象読者:IT経営層
ビジネス文脈:ITサービス企業のAI活用とビジネスモデル革新
事例研究:NTTデータ, Fujitsu, 静岡銀行, 日立
要件定義
SIer
AI自動化
競争力強化
受託開発

はじめに

システム開発において、要件定義はプロジェクトの成否を左右する重要な工程です。しかし、従来の要件定義プロセスは属人的であり、時間と労力を要することが多く、また人材不足の影響もあり、効率化が求められています。

近年、AI技術の進展により、要件定義の自動化や効率化に対する期待が高まっています。本記事では、要件定義へのAI活用のイメージや導入事例をご紹介いたします。また、SIerが競争優位を築くための戦略について解説します。

要件定義の重要性

システム開発の成功は、上流工程である要件定義の精度に大きく依存しています。要件定義は、「どのようなシステムを作るべきか」を明確にする工程であり、この段階でのミスや曖昧さが、後続の設計・開発・テスト・運用に深刻な影響を及ぼします。要件が不明瞭なまま進めば、開発途中や運用フェーズでの仕様変更が頻発し、コストの増大やプロジェクトの遅延、品質低下を招くリスクが高まります。

IPAによると、工期遅延の55%が要件定義の問題と指摘されています。

プロジェクト遅延の理由は、全体の55%が要件定義の問題

(出典) 日本情報システム・ユーザー協会「ソフトウェアメトリックス調査 2016」

加えて、製造工程や設計工程での生成AI(LLM: 大規模言語モデル)の活用においても、要件定義の重要性はますます高まっています。AIの活用による効率化が期待される一方で、「AIに何を求め、どのようなインプットをすれば正しいアウトプットを得られるか」を適切に定義しなければ、期待する成果を得られません。これは従来のシステム開発と同様、あるいはそれ以上に慎重な要件定義が求められる場面といえます。

要件定義の品質がプロジェクトの成功率を左右する

JUAS(日本情報システム・ユーザー協会)の調査によれば、システム開発プロジェクトの失敗要因の多くは、要件定義の不備に起因するものです。特に以下の点が失敗の主要因として挙げられます。

要求の曖昧さ・抜け漏れ

→ 要求獲得や要求分析が不十分だと、開発途中で追加要件が発生し、スケジュールやコストが膨らむ。その他、ステークホルダーの洗い出し不足などによっても要求獲得の抜け漏れが発生する要因になる。

関係者間の認識齟齬

→ 業務部門と開発チームでシステムのゴールが異なると、納品後に「使えないシステム(目的を達成できないシステム)」になりやすい。

優先順位の不明確さ

→ 限られたリソースの中で全ての要件を詰め込もうとすると、要件が膨れ上がり、期間や予算の管理が難しくなる。

要件定義の質が高ければ、これらのリスクを最小限に抑えられます。反対に、「要件定義の段階で仕様を固めきれなかったプロジェクト」の多くは、後半で大量の修正が必要となり、最悪の場合プロジェクトが中断されるケースもあります。

製造工程での生成AI活用においても要件定義が鍵を握る

最近のシステム開発では、ChatGPTやClaudeなどの生成AI(LLM)を活用したプログラミングの半自動化が進んでいます。しかし、プログラミングで生成AIを活用する場合も、「適切なプロンプト(入力)」を設計することが極めて重要です。

適切なプロンプト設計がなされていない場合、AIの出力結果が意図したものと異なり、仕様に沿わないコードや不完全な要件定義が生成されるリスクが生じます。これを防ぐためにも、AIを活用するための明確な要件定義が不可欠です。

要件定義へのAI活用の期待

要件定義を取り巻く課題(属人化・曖昧さ・抜け漏れ・認識齟齬など)を解決する手段の一つとして、AIの活用が急速に注目を集めています。単なるサポートツールからプロジェクト全体の生産性を左右する"戦略的な武器"へと進化しつつあるAIは、要件定義工程でも大きな可能性を秘めていると考えています。

ステークホルダーへの要求獲得を支援

要件定義では、様々なステークホルダー(経営層・現場担当者・開発・保守運用チームなど)からのヒアリングが欠かせません。特に、潜在的なニーズや暗黙知の抽出は困難を極めます。AIの活用には、以下のようなメリットが考えられます。

質問生成:AIを活用して、各ステークホルダーへのヒアリングシートを自動生成。さらにヒアリング結果を得た後、AIが回答の意図や重要キーワードを抽出・分類し、次に行うべき質問リストを提案する。

専門知識の吸収:担当者が経験したことのない専門的な業務領域の場合でも、AIが各ドメイン知識に対応し、ヒアリングの認識精度を高めることができる。

そこで、ヒアリング内容を体系化するAIアシスタントを用いることで、多面的かつ深い要求獲得が可能になり、様々な専門的なドメインでの要求獲得不足を削減することが期待されます。

さらに、品質を向上させるだけでなく、ヒアリングシート作成やヒアリング後のまとめまでの工数も大幅に削減することが可能です。

要求分析から各成果物作成までの支援

ステークホルダーから収集した要求(ヒアリング音声の文字起こし・ヒアリング結果・メールの要望など)をAIに読み込ませることで、次のようなサポートが期待できます。

要求分析の効率化:要求の分類やタグ付けを自動で分類・タグ付けし、分析しやすい形に整備する。

抜け漏れチェック:過去の類似案件や特定のシステムやドメインにおける標準的な要件セットと照合することで、「想定されるがヒアリングされていない要素」を提示する。

成果物作成の効率化:あらかじめ定義したテンプレートに従って、AIが要求情報を自動で組み込み、ドラフト版の要件定義書を生成する。

これにより、煩雑な編集作業から解放され、ドラフト完成後のレビューや調整に注力できるようになります。また、要件定義書の更新履歴や差分管理にもAIを活用することで、変更内容を簡潔に把握しやすくなるのも大きな利点です。

追加ヒアリング・議論に基づくドキュメント更新と影響範囲の特定

追加ヒアリング結果やクライアントからの追加要望、議論した結果などを読み込ませることで、次のようなサポートが期待できます。

影響範囲の可視化:新たに浮上した要件やヒアリング内容の変更・追加が生じた際、AIが既存要件や関連ドキュメント(要件定義書、設計書など)と紐づけを行い、どこに影響が及ぶかを自動的に可視化する。

ドキュメントの自動更新:変更や追加要件を受けて、AIがドキュメントを自動的に更新。併せて更新履歴や差分管理も行うため、変更前後の内容を簡潔に把握しやすくなる。

これにより、人手作業による影響範囲の特定漏れを軽減したり、影響範囲を考慮しながら行う要件の更新作業を効率的に行うことができるようになります。

SIerの競争力強化のシナリオ

開発効率向上がもたらす経営的インパクト

案件対応数の増加と売上向上

要件定義や開発工程でAIを活用し、業務を大幅に効率化することで、一人当たりが処理できる案件数を増やすことが期待できます。従来、属人的なノウハウに依存していた要件定義工程が迅速・正確になれば、受注できる案件数が飛躍的に伸びる可能性があります。

多案件同時進行:自動化・効率化されたプロセスによって、同じ人数で同時並行的に複数案件をこなせるため、売上規模の拡大が見込める。

短納期への対応力:要件定義に費やす工数が減るため、短いスケジュールでも高品質な成果物を提供でき、顧客満足度とリピート率が向上する。

結果として、売上アップだけでなく、サービス品質の向上や新規顧客の獲得にもつながります。

浮いた人材の活用戦略

一方、効率化によって「受注可能案件数 > 実際に相談が来ている案件数」という状況になると、業務量が減った人材が発生する可能性があります。日本では正社員を簡単には削減できないことから、以下のような新たな人材活用戦略が求められます。

新サービスやコンサルティング領域への展開:浮いた人材をDX推進、AI導入支援、顧客の業務改革コンサルなど、新規ビジネス創出へシフトさせる。

再教育・スキルアップ:AI・データサイエンスのスキルを強化する研修を実施し、より付加価値の高い業務を担えるようにする。

社内R&Dの促進:社内ツールの高度化やプロトタイプ開発、研究開発へのリソースを振り向けることで、自社のソリューション力や独自サービスを強化する。

このように、短期的に案件にアサインされない期間を活かして、中長期的な競争力強化につなげることが重要です。

人月商売モデルからの脱却と新たな価値創造

人月ビジネスの限界とAI導入

多くのSIerが採用している「人月商売モデル」は、工数が増えるほど売上が増えるという構造です。AIで開発効率が高まるほど"人月"は減り、現行のビジネスモデルと相反するジレンマが生じます。とはいえ、下記の要因から、効率化は避けて通れない流れといえます。

競合他社の先行:AIを迅速に取り入れた競合他社が先行してAIで効率化を進め、短納期・低価格でシステム開発サービスを提供するようになると、価格競争で不利になる。

エンジニア不足の深刻化:現場人員が枯渇する中、効率化なしではいずれ案件を捌ききれなくなり、効率化をした競合他社が売上を伸ばし拡大していくため不利になる。

こうした背景から、「人月商売」にこだわるよりも、先に行動してAI活用を進め、競合優位性を築くことが長期的には得策といえます。

付加価値型サービスへのシフト

人月モデルを前提にする限り、AIによる効率化が直接的な売上増に結びつきにくい場合があります。そのため、効率化した開発力を武器に付加価値型サービスへシフトする戦略が有効です。

成果報酬型やサブスク型サービス:導入効果に応じた課金や、クラウドサービスとしての月額課金など、従来の人月以外の収益軸を確立する。

自社製品・パッケージ展開:AIで効率化したノウハウをテンプレート化し、自社パッケージやSaaSとして販売することで、スケーラブルな収益モデルを目指す。

このように「より高いレイヤーのバリューを提供できるSIer」へ進化することで、競合他社と一線を画す競争優位を確立できます。

事例

NTTデータ:要件定義からテストまで一貫してAIを適用

NTTデータは要件定義フェーズを含む上流工程から設計・製造・テスト工程まで、一連の流れ全てに生成AIを活用するシナリオを描いています。既存の自動化ツール「TERASOLUNA」などと組み合わせることで、2030年に開発工数を70%削減することを目標に掲げています。

要件定義の効率化:自社の過去プロジェクトデータやナレッジをAIが参照することで、抜け漏れチェックや要件分析が自動的に行われ、早期にリスクを把握できる。

開発~テストの自動化:AIによるコード生成や自動テストケース生成で、従来手作業が多かった工程を効率化。エンジニアが上流の課題解決・コンサル業務に集中しやすい体制を整備する。

こうした取り組みにより、個別のプログラム開発だけでなく、コンサルティングから運用保守まで一貫して提供するSIビジネス自体の変革を目指しています。

Fujitsu:システムインテグレーション全領域での生成AI活用

Fujitsuは、要件定義から運用保守までを包含するシステムインテグレーション全領域での生成AI活用を推進しています。特に、初期工程(要件定義)における提案として「Fujitsu 資産分析・可視化サービス」を提供し、顧客業務の分析から要件定義書の作成までを支援する事例を公開しています。

過去資産の分析・可視化:過去に蓄積されたドキュメントやソースコードをAIが解析し、機能構成や問題点を可視化する。要件定義でのヒアリングや課題抽出をスピードアップ。

設計書・テスト仕様書生成:上流で抽出した要件をもとに、設計書やテスト仕様書のドラフトを生成AIで自動化。プロジェクトの全体最適と品質向上に寄与する。

Fujitsuはこれらの取り組みにより、AIで作業時間を短縮しながら、浮いたリソースをより高付加価値な領域へシフトする方向性を強調しています。

静岡銀行:既存システムだけではなく全行システムへのAI導入を検討

金融業界でも要件定義×AIの活用は進んでいます。静岡銀行では、勘定系システムだけでなく「全行システム」への生成AI活用を検討していると報じられています。

要件定義や影響調査での活用 大規模システム更改や新規機能追加の際に、AIを使って影響範囲を素早く特定し、要件定義の漏れを減らす。

行内ナレッジ共有 過去の開発ドキュメントや行員からの問い合わせ履歴などをAIに学習させ、要件定義で必要となる情報を横断的に照合・参照できるようにする。

銀行のようにセキュリティ要件が厳格な組織でも、クローズド環境での大規模言語モデル(LLM)を活用することで、効率化と安全性を両立するアプローチが注目を集めています。

日立:製造・設計・テストに加えて上流工程も含む全工程への生成AI適用

日立製作所は、製造・単体テスト工程が中心だった生成AI活用を、要件定義や影響調査を含む全工程に適用する取り組みを進めています。特に、企業システムや産業分野における業務知識をLLMに取り込み、産業向けの専門AIを構築する計画を表明しています。

業務領域に応じたAIカスタマイズ 産業向けの特殊要件を学習させた独自モデルにより、要件定義時の抜け漏れを低減。業務フローとの整合性チェックも自動で実施。

全社的な知識データベースの構築 組織横断のナレッジマネジメントにAIを適用し、必要な情報を迅速かつ網羅的に取り出す仕組みづくりを推進。

これらにより、製造工程だけにとどまらず、上流工程から下流工程までシームレスにつながる開発プロセスを確立し、多種多様なプロジェクトの高効率化を図る方針です。

まとめ

システム開発の要件定義は、プロジェクトの成否を左右する重要な工程であり、属人的・手作業中心のプロセスが大きなボトルネックとされてきました。しかし、近年のAI技術、とりわけ大規模言語モデル(LLM)の進化により、要件定義の効率化や自動化に期待が高まっています。

  • 曖昧さ・抜け漏れ・認識齟齬といった従来の課題を、AIによるドキュメント解析や質問生成、影響範囲の可視化などで大幅に低減できる
  • 要件定義が明確になることで、後続の設計・開発・テストフェーズでも作業効率の向上や品質の安定化が図れる
  • 短納期対応や売上拡大など、経営面でも大きなメリットが見込める

しかし、AI導入による効率化は、現行の人月商売モデルとのジレンマをもたらす側面も否めません。長期的には、効率化によって"浮いた"リソースを新規サービス開発やコンサルティング、R&Dへの投入へとつなげ、人月ビジネスに依存しない付加価値型サービスへのシフトが求められます。

実際に、NTTデータやFujitsu、日立といった大手企業だけでなく、金融機関を含め多くの組織が要件定義フェーズから生成AIを積極的に活用する事例が続々と出始めています。こうした取り組みは、品質向上と納期短縮・コスト削減を両立させるだけでなく、新たなビジネスモデルの模索にもつながっています。

今後は、AIがもたらす自動化・効率化の波が一層加速し、従来の開発スタイルを根本から変えていくでしょう。その中で、先んじて要件定義×AIの導入を進め、ノウハウを早期に蓄積した企業が、変革期の競合優位を確立していくと考えられます。まさにいまが、要件定義にAIを取り入れ、開発プロセスの革新とビジネスモデルの進化を同時に推進する絶好のタイミングといえるでしょう。

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